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東京高等裁判所 昭和46年(行コ)46号 判決 1975年12月26日

控訴人(原告) 佐々木梅香

被控訴人(被告) 東京都渋谷区長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。東京都知事が昭和二七年九月一五日付指定番号第二二九三号をもつてした東京都渋谷区代々木上原町一一〇六番地を敷地とする道路位置指定処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人指定代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張イ及び証拠の関係は左記のほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれをこゝに引用する。

控訴代理人は本件処分の無効事由を次のとおり追加主張した。

(一)  本件道路位置指定は虚偽の申請図面に基いてなされたものであるから無効である。すなわち本件申請図をみると、(1)関係住宅間に道路幅四メートル以上の宅地が存在し(2)指定道路断面には道路断面図の如く側溝が設置してあり、(3)公道よりの入口には隅切の存在が明示され、(4)標識コンクリート図に見られる境界線が八個埋設してあることになつている。しかし右申請当時から現在まで関係住宅間の間隔は江副(図面では岩間所有、片岡使用の旨記載)井坂の各住宅間で三メートル、控訴人(図面では岩間ぎん所有岩間慶吉使用の旨記載)井坂の各住宅間では二メートルであつて、道路幅四メートルはないのであるから、右道路を設置することは物理的に不可能である。また前記(2)ないし(4)の側溝・隅切・標識等は現存しない。

(二)  本件処分は利害関係人である控訴人、訴外江副トシ、同井坂重太郎の同意を得ないでなされたものであるから無効である。すなわち、申請人岩間ぎんは申請前の昭和二七年八月五日既に道路人口に向つて右側の工地一一〇六番三の土地につき公簿上も訴外江副トシにその所有権を移転し、同人において右土地及び地上建物に居住していたのであるから右江副は本件道路位置指定につき重大な利害関係人である。しかるに本件処分にあたつては右のように公簿上も利害関係人であることが明白な江副の同意もなく、又利害関係人である井坂重太郎にも無断で行われたものであつて右は登記簿もしくは土地台帳および現地調査或は関係者に対する照会等の実質的調査を怠つたことに困るものであるからこの点においても本件処分は無効である。

被控訴人指定代理人は次のとおり答弁した。

(一)  控訴人の関係住宅間の間隔についての主張は、現在における土地の状況に基いて述べているに過ぎず本件申請当時における空地の状況は現況とは異つていたのである。現在江副トシが所有している土地及び建物は本件申請当時においてはそれぞれ岩間ぎん(土地)および片岡武彦(建物)が所有しており右片岡所有の建物と訴外井坂重太郎所有の建物との間には本件道路位置指定申請図(乙第一号証の三)の示すとおり幅員四メートル以上の空地が存在していたのである。その後右片岡の建物は江副に譲渡され、同人において本件指定道路沿いの部分を二階建に増築したためその一部が本件指定道路内に突出し、さらにその後昭和四三年三月南側の公道寄りの部分を増築したため、その増築部分の一部が本件指定道路のすみ切り部分に突出すに至つたものである。また井坂所有の建物も本件道路位置指定後その増築部分がすみ切り部分に突き出すことになつたのである。右のようにして江副所有の建物の増改築の結果その建物の西北端の角と井坂所有建物との間の距離は四メートル未満となつてしまつたが南側の公道に接する部分においては両建物の間はなお四メートル以上の距離を保つているのである。従つて、本件申請当時においては本件道路位置を指定するに必要かつ十分な空地が存在していたのであるから、本件処分には控訴人主張のような無効事由は存在しない。

(二)  控訴人は本件処分については江副トシの承諾がない旨主張するが、建築基準法四二条一項五号の道路位置指定処分はその内容が可分でありかつ各部分を特定しうるのであるから、控訴人はその一部である同人所有の土地に対する部分についてのみその違法を主張することができるのであつて、他人所有部分についての違法を主張することは許されないのであるから、右の点に関する控訴人の主張はそれ自体失当である。

(三)  証拠関係<省略>

理由

一、本件道路位置指定処分は、東京都知事が建築基準法第四二条第一項第五号に基づき特定行政庁として、当時原判決末尾添付別紙目録(一)ないし(四)の土地(以下本件(一)ないし(四)の土地という)の所有者であつた訴外岩間ぎんにおいて(四)の土地上に存する前記目録の建物(以下本件(五)の建物という)の所有者であつた同岩間慶吉の承諾を得てした昭和二七年八月八日付道路位置指定申請に基づいて、同年九月一七日付で本件(一)ないし(四)の土地にまたがり同添付図面(以下本件図面という)上A、B、C、D、Aの各点を順次直線で結んだ範囲の土地(以下本件指定地という)についてした処分であり、該処分は昭和四一年四月一日地方自治法、同法施行令等関係法令の改正により被控訴人のした処分とみなされるに至つたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、本件処分の無効確認を求める訴えは訴えの利益を欠き不適法であると主張するので判断する。

当裁判所は、被控訴人の右主張は理由がなく採用できないけれども、本件処分は指定対象とされる所有地毎に可分であつて、本件指定地のうち控訴人の所有地の範囲を超えて本件処分の無効確認を求める部分につき本件訴えは不適法であり却下を免がれないと判断するものであつて、その理由は、原判決の理由説示(原判決八枚目表二行目から九枚目表五行目まで)と同一であるから、これをここに引用する。

三、(控訴人主張の本件処分の当然無効事由についての判断)。

(1)  本件処分が無権利者の申請と承諾に基づくものであるとの主張について。

成立に争いのない甲第三号証の一ないし五、同第四、第六号証、乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一、四に前掲争いのない事実並びに弁論の全趣旨によると、本件申請日付の昭和二七年八月八日当時本件(四)の土地所有名義は登記簿上申請者たる岩間ぎんであつて、その所有名義が控訴人名義(昭和三〇年四月頃改名前の静子名義で)に移つたのは同二八年二月九日であること、右申請当時右(四)の土地上の建物の建築確認申請者は岩間慶吉であること、本件申請が申請日付の八月八日渋谷区役所の受付を経て所管の都建築局指導課に受理されたのは同月一一日であり、同局では同年九月七日には、所定の審査を経て本件申請に従い、同月一五日付で本件処分をすることの内部決済に着手していること、本件申請が都本庁所管課で審査されている最終段階の同年九月三日前記建物の建築主が岩間慶吉から控訴人(前記静子名義)に変更した旨の建築主変更届が渋谷区役所に提出されたけれども控訴人名義の所有権保存登記がされたのは同年一〇月三〇日であること、本件処分に至るまで前示関係者らからは、本件申請事項についての変更届はもとより、前記建築確認申請書添付図面(甲第三号証の三)にはすでに「予定道路(法四二ー一ー五)」の記載があるにかかわらず何らの異議等の申し出もなかつたため都所管課においては権利者の変動については何ら知るところがなかつたこと、以上の事実を認めることができ右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実、経過によると、本件処分時点における権利状態についてあらためて精査しないで控訴人の存在を看過した瑕疵は、客観的に明白であるとはいえず、他に控訴人の主張を肯認するに足りる証拠はない。

(2)  本件指定対象地が特定されていないとの主張について。

本件指定地が、本件指定処分書には単に「東京都渋谷区上原一丁目一一〇六番」と表示されているにかかわらず処分当時当該地番の付された土地が存しないことは当事者に争いがないけれども、本件(一)ないし(四)の土地は近接して一団の土地をなしていることは当事者に争いがなく、さらに原審及び当審における控訴本人尋問の結果によつて成立を認める甲第二号証、前掲甲第三号証の一、三、五、同第四号証、同第一四号証、乙第一号証の一、三、に前記認定事実を総合すると控訴人が岩間ぎんから取得した(三)の土地は「一一〇四番の一六」であるのに契約上は本件処分書記載の「一一〇六番」と表示され、また、(五)の建物所在地は右一一〇四番の一六であるのに前記建築主変更届には敷地地番として一一〇六番と表示されていること、本件申請書及び前記建築確認申請書の表示も右と同様であつて右一一〇六番は単に代表地番として表記されているにすぎないことが認められるから、右地番のみによつて土地の特定をいうことはできず、本件処分書添付図面(乙第一号証の三)と本件図面との記載内容を対比するときは、右処分書による指定対象地は本件指定地に合致することが認められる。そうすると本件処分対象地は、その地番表示が的確でないとしても、客観的には特定しているものというべきであるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

(3)  本件申請書添付図面が虚偽であるとの主張について

本件申請書に添付された図面が虚偽であること自体は、本件処分の瑕疵となるものではなく、あくまでも実体的な処分要件の存否が問題とされなければならないところ、控訴人は、右添付図面に現実に存在するものとして表示されている関係家屋間の道路幅四メートルの空地、道路測溝、隅切り、標識コンクリートはいずれも存在しないと主張するけれども、控訴人の全立証によるも右添附図面が本件処分時の現況と全く相違するとの主張事実を認めることができない。かえつて各成立に争いのない第一号証の三、同第二号証の二、三及び航空写真であることに争いのない同第六号証、原審並びに当審証人清水愿の証言によると、右添付図面は申請人岩間ぎんの依頼により建築設計士である清水愿が作成したもので、申請時における土地建物の現況と概ね一致しており、関係建物との間には道路位置の指定を受けるに必要な幅員四メートル余の空地が存在していたことが認められるばかりでなく、測溝隅切り標識コンクリートの存在について当時の現況と相違する点があつたとしても、そのために本件処分を無効とする瑕疵にはならないから、控訴人の右主張は理由がない。

(4)  控訴人、訴外江副トシ、同井坂重太郎の同意を欠くとの主張について。

本件道路位置指定の申請について控訴人の同意を得なかつたことが本件処分の瑕疵となるものではないことは前記(1)に判示するところから明らかであり、前掲乙第一号証の三によれば井坂重太郎の承諾を得ていることも認められる。また控訴人は本件指定地全体について、本件処分の無効確認を求める訴えの利益を有するものではなく、本件指定地のうち控訴人所有の本件(三)の土地に係る部分(本件図面E、F、G、H、Eの各点を順次直線で結んだ範囲の土地)についてのみ右訴えの利益を有するものであること前示のとおりであるから、控訴人は、右範囲外の土地にかかわる事由をもつて本件処分の無効確認を求め得ないものというべきところ、本件における全立証をもつてしても訴外江副トシが本件(三)の土地につき何らかの権利を有すると認めるに足りる証拠はない。したがつて、控訴人の本主張も理由がない。

四、よつて、以上を右と同旨で、本訴請求のうち本件図面A、B、C、D、E、H、G、F、Aの各点を順次直線で結んだ範囲の土地について本件処分の無効確認を求める部分を却下し、その余の部分を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条、第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 古川順一 岩佐善已)

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